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マナが霧散し、アープの手からショットガンが消えた。 ゆっくりと一歩一歩近づき、深紅の溜まりに靴先をつけて止まった。 蠍座の軌跡をその身に受け、生きた者はいない。 普通の人間なら、一発でも激痛に苦しむ。四、五発もくらえば発狂し、その先は死が待ち構えている。 十五発。最後まで耐えたのは、足元の男が初めてである。 だが男は地獄の入り口に立ちながら、ほんの微かな意識を残していた。 「なるほど、オニゆえの生命力か。今までお前が生き延びてきたのも頷ける」 男はぴくりとも動かない。本当は聞こえていないかもしれない。 「迎えが来る前に一つ、教えてやろう。ニホンでは“メイドのミヤゲ”と言うらしいな」 その言葉の前に、アープは深く呼吸した。 「タケル、娘は生きているぞ」 月影に、凛と少女が立っている。 「地球ではない何処か、異なる世界で生きているらしい。おれが聞いている情報は、それだけだ」 終息しかけた心臓が、再び鼓動した。 指先が、動いた。 もたげた顔から血を滴らせ、うめいた。 「……アープ…!冗談も、ほどほどにしろ…俺を、怒らせるな……ッッ!」 「おれが嘘をつく男だと思うか?」 アープの言葉に、情は微塵もない。 だからこそ、偽りもない。 そして、アープが一瞬だけまばたきをした時。 風が起きた。 アープはすぐさま、後方へ跳んだ。 左から、鬼の爪が襲いきた。 爪先はわずか数ミリ届かず、胴をかすめた。 地に足が着く前に、右腕を引かれた。 鬼の左手が、肘を掴んでいた。 アープは驚愕に目を見開いた。 猛はにぃっと唇をつり上げた。 鬼の手に、力をこめた。 「っっっっっっっっづぁああぁあああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」 骨が軋む。皮膚が裂ける。肉が弾ける。血が飛び散る。 無制御に握り潰された拳と腕は、破裂して砕けた。 ぼろぼろになった鬼の爪は、肉片とともに地へ落ちた。 重い音をたてて転がった右腕は、みるみる灰と化して崩れた。 アープは歯を食いしばりながら、左のホルスターから銃を抜いた。 弾倉は…空だった。 鬼の爪が、目の前に漆黒の幕を落とした。 薄紅の花が、枝を染めている。 馬上のまま、そっと触れてみる。 「まだ少ししか咲いてないかもしれないけど、全部咲いて満開になると、それはもうきれいなんですよ」 ジョンは、手塚の言葉を思い出していた。 すぐに戻るつもりで、一目散で馬を走らせていた。 不意に、視界の端に映った物に気を取られ、引き返した。 手塚が一番好きだといった花は、これだとわかった。 「日本ではこの花が咲くと、春が来たことを祝うんです。まぁ、ほとんどの人が食べ物を食べたり、お酒を飲んだりして、花の事なんか全然気にかけてないんですけどね」 そう言って、苦笑する顔が浮かんだ。 「なるほど…こりゃたしかに、満開になる時が楽しみだな」 まだ花開かぬ樹上を見上げ、ジョンはつぶやいた。 突然、激痛を覚えて左の掌を見た。 蠍座の刻印が、白い煙をあげて、静かに消えた。 ジョンは震える左手を握りしめ、手綱を引いた。 不安をかき消すために、馬の脚を急がせた。 |
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